牧師からあなたへのメッセージ     



Short Message 23 人間―光と闇の狭間に生きるもの
                                                   (その1)
(御霊の力と肉の欲)

 「わたしは命じる。み霊によって歩きなさい。」(ガラテヤ人への手紙5:16)「み霊によって」は英語でby the Spiritです。どういう意味でしょうか。蒸気機関車は蒸気の力によって走り、電気機関車は電気の力で走ります。信徒は「み霊の力によって」歩むのです。死より甦られたイエス・キリストは弟子たちに、「聖霊があなたがたに下る時、あなたがたは力を受けるであろう」と言われました。機関車が客車を引っ張ってゆくように、み霊は(聖書は聖霊、神の霊とも表現します)神の国という目的をめざして私たちを引っ張ってゆく力です。

 機関車が大きな馬力を持っていても、客車が繋がっていなければ客車を引っ張っていくことは出来ないのと同じように、私たちがみ霊にしっかりと繋がっていなければ、み霊は目的地に向けて私たちを引っ張ってゆくことは出来ないのです。み霊と私たちを結びつけるものは何でしょうか。それは第一にみ霊の力に導かれたいと願う心です。第二はみ霊が導く力があると信じることです。第三は、信じて、求め、祈ることです。その信じて願い求める祈り心が、み霊と私たちを結びつけるのです。私たちがみ霊と結びつくと、み霊は私たちの魂を神の国の住人に相応しいものとするために引っ張ってゆく力を発揮するのです。

 客車は自分の力で走っているのではありません。あくまで、引っ張られて走っているのです。力をうけて機関車と同じ速さで走ります。機関車は、走りながら客車に力を、即ちスピードを与えているのです。それと同じように、御霊は私たちに、ご自身のもっておられるものを与えようとなさるのです。私たちの魂に御霊の持っておられるものが与えられると、丁度一両目の客車から二両目の客車へと力が移されてゆくように、私たちの霊の中に実が次々と結ばれてゆくのです。御霊は機関車、客車の九両は私たちの霊魂と考えてみて下さい。御霊は、私たちの魂の中に、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制という九つの実を次々に結ばせながら、私たちを神の国という終着駅をめざしてひっぱってゆくのです。

 「そうすれば、決して肉の欲を満たすことがない。」と5章16節に書かれています。17節には肉の欲望はみ霊に反し、逆らうものであると説いています。19節を読むと、肉の欲望は「肉の働き」となって表われると教えています。肉の働きとは一体どういう意味でしょう。それは、神様よりも自分を愛する心の傾き、自分をいつも中心にして考える心という意味です。そういう人は神さまの存在を認めてはいても、神さまを重んじようとはせず、恐れません。神さまに色々な注文をし、お願いをし、自分の欲望をかなえてもらおうとして祈りますが、神様が「このようにしなさい」と言われると、何だかんだと言い訳をして、命令に従わないのです。即ち神さまに従順でない人です。こういう人は神様に背き、敵対するサタンに結びついてしまうのです。サタンは、肉の人の心に忍び込みます。

 













 

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