牧師からあなたへのメッセージ     



Short Message 22 現代人へのグッドニュース(その3)

死の不安

   私は2006年7月18日から8月15日まで、心臓バイパス外科手術のため、久
留米病院に入院しました。病院は病気と死に打ち勝つための闘いがなされる場所です。手術して癒される人、発見が遅れて癌が進行してしまい手術しても直らない人、明暗が分かれます。たとい手術で癒されても必ず死ぬ時がやって来ます。

旧約聖書は、死後の世界を陰府(よみ)と呼びます。そこは死んだ者の霊が下って行くところです。詩篇の記者は陰府を「忘れの国」(88:12)、「音の無き所」(94:17,115:17)と述べます。ヨブは全身を吹き出物に覆われ、苦しみを味わいながら、死後の陰府の世界を「滅びの穴」(26:6)、「暗黒の地」(10:21)と呼びました。イザヤ書に登場するヒゼキヤ王は「陰府はあなたに感謝することは出来ない。死はあなたを賛美することが出来ない。墓に下る者はあなたのまことを望むことが出来ない」と語っていますから、旧約聖書に述べられている死後の世界は、暗く、神への感謝も賛美の音楽も無い、神のまことを望む事の出来ない世界であると考えられていたことが分かります。


新約聖書では、死んだ後に人の地上での行為を裁く神の審判がなされる時を待つ、
眠りの世界が描かれます。死は人間が犯す罪と深く結びついていますから、死は罪への罰と考えられます。罰である限り決して喜ばしいものではないことは確かです。また罰は不安を生み出します。

イエス様の弟子たちは、十字架の上で「わが神、わが神、何故わたしをお見捨てになったのですか!」と叫ばれた主イエスの言葉が重く心に留まりました。自分たちの愛する先生を見捨てて逃げ去った事実と結びついて、誠にやりきれない、耐えられない気持ちを抱いていました。先生が逮捕された時に、一丸となって先生を守りきれず、命惜しさに夜陰に乗じて逃げ去ってしまった臆病で、卑怯で、勇気の無い自分たちであったという何時までも記憶の底に纏い付いて離れない罪深い記憶をもてあましながら生きていたと思います。

また自分たちも逮捕されて、裁判にかけられ、死刑を宣告されるのではないかという恐れを抱きながら、ユダヤ人たちの追及から身を隠していた時に、全く思いがけずイエス様が姿を現して、「シャローム!あなたがたに平安あれ!」おっしゃったのです。そして、十字架に釘付けされた手の傷痕と脇腹の槍傷痕をお見せになって、自分は死を打ち破って復活したことを示されたのです。その場に居合わせなかった弟子のトマスにも現われたイエス様は、トマスの疑いを責めずに、「信じない者にならないで、信じる者になりなさい」と諭されたのです。裏切りの罪を赦し、心に平安と喜びを与え、信仰の大切さを教えられたイエス様によって、弟子たちは死と裁きの不安と恐怖から開放されました。復活の主イエス様と出会ったことは、弟子たちにとって大きな喜びであり、また復活の事実は罪の赦しに繋がる福音だったのです。

使徒パウロはコリント教会の信徒宛に手紙を書き、第一の手紙の15章全体を割いてイエス・キリストの復活を語り、その事実が人類にとって如何に意義深いことであるかを述べています。ある目的地をめざして飛んでいた飛行機がハイジャックされて、犯人の要求に従って進路が変えられ、他の飛行場についても開放されず、

疲労と死の恐怖の中に閉じ込められてしまった人々が、苦悩の後に解放が告げられることは安堵の喜び、good newsです。

死の不安から救われる道

 現代においても、死におびえ、恐怖を感じている人々が大勢います。そのような
人々にとってイエス・キリストの復活はグッドニュースです。イエス・キリストの復活は歴史的事実です。死の恐怖と不安から救い出してくださる方がイエス・キリストです。イエス様は言われました。「わたしは甦りであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。…あなたは信じるか?」(ヨハネ福音書11:25)

おわりに〜救いの決断へと招かれるイエス・キリスト

 魂の渇きを癒し、魂の闇を光に変え、死の不安と恐怖から開放し、救い出してく
ださる方がイエス・キリストなのです。信じてキリスト・イエス様に全てを委ねるとき、イエス様は必ず救い出して下さいます。昔と変わらず、今も私たちに伝えられている福音を聞かないように、信仰への道を塞ぎ、妨害しようとする悪の力は、サタン・悪魔が存在する限り、衰えることはありません。私たちは善と悪が一緒に働く所に生きています。善か悪かを選択する自由意志が神様から与えられています。ですから地上の生活は信仰に生きる決心をしても、たえず誘惑に晒され、私たちは試練を体験し、信仰の訓練を受けるのです。その背後には、神様の愛の働きがあります。神様は愛する者を鞭打ち、訓練を与えます。信仰を強めるために与えられる訓練は、神様に愛されている証拠です。神様が最善に導いて下さることを信じて生き抜きましょう。

 













 

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