牧師からあなたへのメッセージ     



Short Message 19

 「原爆の図」について 

1945年8月6日には広島に、8月9日には長崎に原子爆弾が投下されました。私たち日本人が決して忘れてはならない日です。画家の丸木位里さんと奥様の俊さんは、原爆投下後数日して被爆地広島に丸木さんの家族の安否を尋ねて直行しました。その日、広島市内で目の当たりにした余りにも悲惨な情景が、強烈に心に刻まれて、時間の経過と共に風化され、忘れ去られることがないように、夫婦で「原爆の図」を描くことを決心なさり、精力的にデザインスケッチを描き、数々の賞が与えられた「原爆の図」を完成なさいました。その絵を観た人々は衝撃を受け、原子爆弾は二度と戦争で使用されてはならないという思いを引き起こされました。

 

 私は広島の原爆記念館で丸木夫妻の「原爆の図」を見たのですが、私が今住んでいる福岡県小郡市の図書館から、『原爆の図』一巻を借りてきて、ゆっくりと鑑賞し、改めて丸木夫妻が本当に良い画集を残して下さったと感謝の思いを抱きました。その画集には、広島、長崎の被爆者の恐ろしく悲惨な姿、沖縄の集団自決の情景、南京虐殺の絵などが収められています。人間は戦争において悪魔化し、このような残虐な行為を行う存在になるということを語っています。

 

 妻にバプテスマを授けて下さった元西南学院教会の牧師、木村文太郎先生は既にお亡くなりになりましたが、広島に原爆が投下された時に、広島バプテスト教会の牧師でした。その日は、夫婦で広島から離れた所に行っておられたので命は助かったのですが、直ぐに広島に帰り、被爆した人々の悲惨な姿を見て、それ以来木村先生は、被爆地広島のことを一切語らなくなってしまわれました。言葉では表現できないこの世の地獄を目にしたのだと思います。

 

 終戦60周年にあたり、NHKテレビは特集番組を組み、年齢70歳以上の人々が描いた「原爆の図」1000枚を紹介しました。心の深い傷として残っている被爆地の情景、決して描けなかったものをやっと描く気になって紹介されたものでした。私は改めて原爆の恐ろしさを学びました。

 

 2011年3月11日の太平洋側の東北地域を襲った大地震と大津波による目にも恐ろしい大参事をテレビで観て、心が痛みました。亡くなった多くの方々の霊のために、愛する家族を失った人々のために、家財産を失った人々のために、福島原子力発電所からの放射能漏れにより、避難を余儀なくされている多くの人々のために、日々祈りを捧げています。また小さな支援を続けていきたいと思っています。















 

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