牧師からあなたへのメッセージ     



Short Message 13 サンダー・シング師のこと

 インドが誇る霊的巨星であるサンダー・シングは、1889年9月3日、北インドのパラティア州ランプルの裕福な領主の末息子として誕生しました。家は代々ヒンドゥー教の一派であるシーク教信仰に熱心でありました。シーク教は偶像を認めず、形骸化した儀式を廃し、創造主なる神を信じる一神教です。

サンダー・シングの母は信仰熱心で、息子サンダーに大きな影響を与えます。毎朝、早朝に起き、沐浴をして身を清め、聖典を読んで祈りを終えてから一日を始める精神修行を母から叩き込まれた彼は、7歳の頃には聖典、パガヴァット・ギーターの殆どを暗唱したと言われています。母はサンダーに愛情を注ぎ、彼が将来、一生を神に捧げるサドゥーと呼ばれる行者になることを願い、霊的に成長することに力を注ぎ、学者と僧侶を個人教授として招き、サンスクリット、シーク教聖典、宗教的古典などを学ばせ、サンダーも勉学と瞑想に励みます。

 彼が14歳になったとき、最愛の母と兄が亡くなる悲劇が訪れ、深い悲しみを体験します。そして、死とは何か、死の悲しみを超える永遠の幸せはどうしたら見出せるのか、などの問いを解決するために、神探求が本格的になってゆきました。優れた学者や僧侶に問いかけても満足のいく答えを聞くことが出来ず、自分の求める真実の平安は与えられなかったのです。

 キリスト教主義学校に入学して、キリスト教の教えを学ぶ機会がありましたが、シーク教徒として異教の宗教への拒否感情が強く、宣教師に石を投げつける仲間に加わり、また聖書を破り捨てる暴挙に出ました。しかし、心の不安は一層強くなっていきました。1904年12月18日の早朝、彼は凍りつく寒さの中で水をかぶり、一心に神に祈りました。「神よ、もしあなたが本当に存在するならば、私に正しい道を示してください。そうすれば私は生涯を捧げます。そうでなければ、日の出前に鉄道自殺をします。」

 およそ一時間半、真剣に祈ったころ、突然明るい光に照らされます。光が強くなり、光の中に現れた神々しい人の姿が見え、サンダーに語りかけました。「おまえは、何故わたしを迫害するのか。わたしがお前のために十字架上で命を捨てたことを知れ。」彼の前に現れたのはインドの神仏ではなく、自分が破り捨てた聖書の神、2000年前に死んだと考えていたイエス・キリストだったのです。手には傷跡が見え、顔は慈愛に溢れており、サンダーはそれまで味わったことがない心の深い平安と大きな喜びを体験して、イエス・キリストの前にひれ伏して拝したのです。それ以来、真の心の平和と喜びは二度とサンダー・シングから離れることはなかったのです。

 イエス・キリストは語られました。「あなたは目が見えなかったが、今、わたしはあなたの目を開いた。行ってわたしを証しせよ。あなたに起こった出来事を証言し、わたしがあなたの救い主であることを告白せよ。」シングは回心し、異教への転向が家族よりの強い反対を招き、家より追放されます。1905年にバプテスマを受け、キリストの福音伝道者として、大きな苦難を伴う宣教を開始します。毛布一枚、聖書一冊しか持たず、裸足で行脚し、迫害と困難に遭遇しながら伝道に邁進したのです。

 40日の断食を行うことによって霊的能力が飛躍的に高まり、どのような誘惑にも勝てるようになりました。宣教の先々で、多くの人々がキリストを受け入れ、彼の衣に触れる者の病が癒される病人も出て、2000年前の使徒時代の到来を思わせる出来事が生じました。サンダー・シングの働きは海外でも知られることになり、1925年から26年にかけて欧米各国から招かれて、世界宣教活動に従事します。またネパール、チベット、東南アジア、中国にも伝道し、たまたま日本にも訪れた時、プール女学院では「キリストがお出でになった」と大騒ぎになったのですが、その当時の日本ではサンダー・シングの名前は殆んど知られてはおらず、記録には残されはいません。

 サンダー・シングは、キリスト教国と称する国々を回り、伝道したのですが大変失望して、次のように語りました。「生まれた時からキリストの教えを学ぶ天使のような人々が大勢いることを期待したが、物質と快楽を求める人が大部分であった。彼らの顔は白いが心は黒い。自称キリスト教国はキリストから大きく離れ去っているため、主イエスは異教の民に自らを現し始めている。こうして、初めの者は後になり、後の者は初めになるという主の御言葉が成就する。」

 1927年から2年間、著作活動に専念し、「天界のヴィジョン(異象)」、「霊界物語」、「瞑想録」、「神との対話」、「神への渇き」、「神との生活」、「実在の探求」を書き上げました。彼は日に5時間を祈りに捧げ、祈りの中で霊眼が開かれ、キリストとの神秘的な交わりをする体験をし、天使と語り、死後の世界で起きる様々のことを示され、上記の書物の中に書き留めています。インドの霊的巨星であるサンダー・シングは18世紀の北ヨーロッパの神秘家で、霊界の事情を見聞したスウェデンボルグと、しばしば比較され、霊界事情に通じた二大巨星といわれています。サンダー・シングは、1929年4月にチベット伝道に旅立ち、その後消息を絶ち、殉教したと言われています。

 サンダー・シング師が愛する父親の回心について語っていますので、次回のショート・メッセージ14で紹介しましょう。















 

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