戦場における神の愛     



Message 8             斎藤剛毅

私は伝道者として福音的メッセージを語る努力を続けてきました。今回は神が人間の引き起こす戦争とどのような関わりをもっておられるのか、残酷な戦争において神が愛の奇跡を起こるとしたら、どのような形で起るのか、実際に起きた歴史的事実に基づいてご紹介したいと思います。

戦争はあって欲しくない、戦争による殺し合いは愚かなことと誰もが考えています。にもかかわらず、戦争は繰り返し地上に起こり、歴史の舞台に血と悲しみの涙が流れます。私たちは人間の業(ごう)とも言うべき罪深い行為にため息が出るのを禁じ得ません。新約聖書の視点から言いますと、戦争のたびに傷つき悩む人々と共に復活されて今も活きておられるイエスご自身も痛み悲しんでおられるのですが、人々はそのことを知りません。主イエスの前で、私たち人間は罪の悔い改めを口に言い表すように求められているように思います。愚かな人間の引き起こす戦争と神はどのように関わるのでしょうか。

本論に入ります前に、列王記上19:9以下の記事に目を留めたいと思います。この記事には、預言者エリヤがカルメル山で異教の神バ−ルの預言者450人と対決して勝利したことが述べられています。その結果、アハブ王の妻イゼベルの怒りを買い、彼はホレブの山に逃れます。彼は洞穴の孤独の中で悩み苦しみ、神に祈ります。その時、神様はエリヤに言われました。「そこを出て、山の中で主の前に立ちなさい」(19:11共同訳)。聖書には次のように書かれています。「その時、主が通りすぎてゆかれた。主の御前には非常に激しい風が起こり、山を裂き、岩を砕いた。しかし、風の中に主はおられなかった。風の後に地震が起った。しかし、地震の中にも主はおられなかった。地震の後に火が起こった。しかし火の中にも主はおられなかった。火の後に、静かにささやく声が聞こえた」(11〜12節)。神様は静かにささやくようにエリヤにお話になりました。要点だけを述べますと、「ハザエルに油を注いで彼をアラムの王とせよ。イエフにも油を注いでイスラエルの王とせよ。エリシヤに油を注いであなたに代わる預言者とせよ。私はバ─ルに膝を屈めなかった7千人を残しておいた。・・・」(14〜18節)。

アラムとイスラエルにおける政権の交代。神のために戦いをして迫害され、孤独に悩むエリヤの後継者が立てられ、悪しき王の下で絶望的と思われたイスラエルにも7千人の神に鍛えられた神の勇者たちが残されていることが語られたのです。この希望の宣告が静かな細い声で語られるのです。この声を聞き分けて、エリヤは再び立ち上がり、当時では国家の大変革を意味する政権交代の大事業に取りかかるのです。

列王記上19章の視点から言いますと、イラクへの空爆、中東地域における激しい地上戦。空爆による風が起こり、大地は爆弾で地震のように揺れ動き、町は砲火の炎に包まれても、両陣営が正義の名において行い、又憎しみと怒り或は復讐の念によって引き起こす人間の戦争のただ中に、神を求めても、主なる神はおられないのです。戦争の中を神は通り過ぎられるだけです。神は戦争それ自体の中にはおられないのです。ガンの危険が善人の体にも悪人の体にも同じように現れますように、戦争が生じた場合、善人にも悪人にも死の危険が臨んできます。でも私たち信仰に生きる者はどのような歴史的変動の嵐の中にあっても、預言者エリヤのように神の前に立ち、静かに語られる神の声を聞くことを怠ってはならないと注意を促されます。

さて本論に入りますが、人間を鬼のような残酷非常な心に変えてしまう戦争の只中においても、真実の愛の存在するところに神がおられることを一緒に考えたいと思うのです。人の心を不信と疑惑、怒りと憎悪の固まりにしてしまう戦時中の捕虜収容所の中で、神がどのようにして現れ、どのように人の心を変えてゆかれたかを、タイ国に起きたひとつの例を通してお話致しましょう。スコットランドのプリンストン大学の牧師、ア─ネスト・ゴ─ドン先生は、戦時中、映画「戦場にかける橋」とテ─マソング「クワイ河マ─チ」で有名なクワイ河に橋をかけた捕虜の一人でありました。三年半恐ろしい収容所で過ごし、命永らえて故国に帰り、学生伝道に打ち込まれるようになったのですが、先生の体験記が『クワイの谷を通って』(Through the Valley of the Kwai) と題されて1962年に出版されました。

その本によりますと、クワイ河の収容所で1万6千人の捕虜が病気と飢え、日本兵による虐待や殺害などの原因で死んでゆきました。捕虜の多くはマラリヤその他の熱帯病にかかり、飢えと重労働によって、生けるしかばねのようであったそうです。肉体的
苦痛ばかりでなく精神的苦悩も加わって、収容所は地獄絵さながらの様相を呈していました。盗みがはびこり、憎しみと怒りあり、嘘と虚偽で心が荒廃し、病人へのいたわりは消え、運命への呪いと暗い絶望が心に渦巻いていました。ゴ─ドン氏もジフテリヤを患い、小屋の地面に横かわりながら、すべての苦痛から死が救ってくれることを待っていたのです。

ところがその収容所に神の奇跡が現れました。病人への配慮を忘れかけていた少数のクリスチャンが神の愛を心に注がれて、病人を看病し、慰め励ます愛の活動を開始したのです。ゴ─ドン氏のところにもクリスチャンの戦友がやって来て、食事を運んだり、体をさすって苦痛を和らげてくれました。ところがある夜、その一人が病人のためにアヒルの卵や薬を手に入れるために収容所を抜け出して、タイ人の村に行こうとするところを日本兵に見つかり、射殺されるという事件が生じました。その時、捕虜の兵士たちの心に強くひらめいた聖書の言葉は、「人がその友のために命を捨てること、これよりも大きな愛はない」(ヨハネ15:13)というキリストの言葉だったというのです。

又ある日、重労働が終わって点呼があり、日本兵が「シャベルが一本足りない!」と告げたのです。「隠した者が申し出なければ、小隊全員を銃殺する!」という鋭い声が響きわたりました。しかし誰も申し出る者がありません。日本兵の声が単なる脅しではないことが感じられ、死の恐怖が皆の心に走りました。その時一人の兵士が前に飛び出して、「私がしました!」と言い放ちました。怒った日本兵はその場でイギリス兵士を叩きのめし、殺してしまったのです。その後で日本兵が注意深くシャベルの数を調べてみたところ、一本も紛失していないことが分かりました。そのニュ─スが伝わると、自分たちの命をかばうために犠牲の死を選んで死んでいった戦友への敬意と愛が深い感動となってイギリス兵士たちの心を包み、日本兵に対する憎しみを圧倒してしまったのでした。人間はいざとなると自己中心的な狼に変じるという一般的概念をこれらのクリスチャンたちは見事に打ち破ってしまったのです。

更に事件が発生しました。死を覚悟で脱出し、医薬品を求めた一兵士は発見されて、見せしめの銃殺刑に処せられることになったのです。兵士はボロの半ズボンから小さな聖書を取り出すと声高らかに朗読し、その後平安に満たされた顔で死んでゆきました。

 このような人々によって示された自己犠牲的愛の実践はやがて収容所の雰囲気を一変してしまったのです。イギリス人捕虜同士の間にいたわりの心が生まれ、互いに愛し助け合う努力が始まりました。死んでいったクリスチャン兵士の心に生きていた信仰と愛の精神、そして死の彼方に確信して望む神の国への復活の希望は、ゴ─ドン氏の不信の心に信仰への欲求を呼び起こし、それまで死の不安と人間不信の暗闇にいた彼を、信仰と愛の光の 中に導いたのです。収容所の中の病人を看病し、慰めるグル−プができ、聖書研究が始まり、祈祷会が生まれました。逆境にあって、苦難に耐える力が与えられるように、神への祈りが捧げられ始めました。ジャングルの中に教会が建てられ、説教がなされ、信仰の交わりが生じ、キリストによる救いの体験者が増えていきました。真剣な賛美の声が樹木の間にこだましました。自分の本を出し合って小さいながら図書館も出来、知識を分かち合って学習する収容所大学もできたのです。でも、「我らに罪を犯す者を我らが許すごとく、我らの罪をも許したまえ。」という主の祈りの一節に至ると、いつも口ごもって敵を許すことの困難を感じたそうです。でも彼らは、やがて「主よ、私たちと私たちの敵をお許し下さい。私たちは何をしているか分からずにいるからです。」と祈るように変えられてゆきました。

やがて戦争が終わり、捕虜と日本兵の立場が逆転しました。帰国のためバンコックに向かう途中、ゴ─ドン氏は水をあえぎ求めている日本人傷病兵に出会いました。かれは仲間の兵士と一緒に走りよって、兵士に水を与え、傷を包帯で包む愛の業を当然の行為として行ったのです。この物語は、ゴ─ドン先生が体験した歴史的事実です。彼は神によって起こされた愛の奇跡の証人です。二千年近く前に十字架上で亡くなったイエス・キリストが死より甦り、今も生きて働いておられることを、戦場という悲惨な場所で、まざまざと体験し、証したのです。

私たちは人の心に存在する醜さ、冷たいエゴイズムを知っています。ニヒリズムの暗い影を知り、罪の力の激しさも知っています。特に戦争という残酷な場所では、正常な人も異常な精神状態に追い込いこまれ、また普通では行わないことも平気で行う人間に変えられてしまうことも知っています。しかし、地獄と思われる絶望の闇の中にも神の愛の光がさし込みますと、心の闇が消え、そこには希望の光が輝き始めるのです。私たちは神の存在の確かさを求めます。聖書はいつも神の存在は愛の中でこそ確かめられると語るのです。聖書は人間を苦悩の暗闇から救うために、この世に来られた愛の救い主、イエス・キリストを語ります。しかし、現実の社会における人間関係はとても冷えていて、深い愛を見いだせず、それゆえに神の愛にすら懐疑的になる人は多いのです。しかし、一度深く神の純粋な真実の愛を知った人たちは、人の冷たさ、非情さに接しても失望しません。私たちを愛し、最善に導いて下さる神は、私たちを決して見捨てることはなさらないと信じるからです。「神は愛なり」。「わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をお遣わしになった。ここに愛がある。」(ヨハネ第一4:10)。見ずして信ずることが出来る人は幸いです。

註 ここに紹介されたゴ─ドン先生の体験談は、国際キリスト教大学教授、古屋安雄氏によって著書『プロテスタント病と現代』(1973年、ヨルダン社発行)の最後の部分で紹介され、後に斎藤和明氏(元国際キリスト教大学教授)によって訳され、『死の谷を過ぎて〜クワイ河収容所』と題されて、新地書房から出版されました。













 

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