限りある命と共に 〜石川正一さんの場合〜     



Message 7             斎藤剛毅

 石川左門さんと恵美子さんは幸福なクリスチャン夫婦でありました。昭和三〇年(1955年)に長男の正一君が生まれ、次いで雄二君が出生したのですが、石川さん夫婦の信仰が試される時がきました。正一君の歩行に病的な症状が現れ始めたのです。幼稚園に通園する五歳になった息子を連れて東大病院に出かけた左門さんは、正一君が「筋ジストロフィー」、即ち「進行性筋萎縮症」という足から次第に痩せ衰えてゆき、やがて全身の筋肉が萎縮して身動き出来なくなってしまう難病に冒されていることを知らされたのです。
 小学校は自宅から四キロ離れている特殊学校に通わねばなりませんでしたが、やがてバスのステップに足が上がらないようになり、母親がこぐ自転車の後ろに乗って通学しました。しかし、正一君の病気は進んで一年生の途中で退学せねばなりませんでした。
石川さんは正一君が八歳の時、サリドマイド畸形児を収容している島田養育園を訪ねたことがありました。各病棟を案内された若い先生は、ある病棟で四歳ぐらいの男の子を指差して「あの子は筋ジストロフィー患者です」と言ったのです。病気がどのように進行するのかという説明を聞きながら、左門さんは息子の耳を塞ぎたいという衝動に駆られました。不安は的中して、現代医学の段階では治療効果は期待できず、「20歳までに死んでしまう病気です」という恐ろしい言葉が耳に飛び込んできました。石川さんと正一君が「限りある命」を自覚したのはこの時でした。この日を境にして石川さん夫婦の心に変化が生じたのです。神様が授けて下さった命に対する親としての愛を悔いないものとしたいという気持ちに変わったのでした。
 正一君が自分の力で完全に歩くことが出来なくなった九歳の夏、正一君が「チクショウ!何だってボクなんか生まれてきたんだ!」と自分の足を叩いて叫んだことがありました。その言葉は母親の恵美子さんの心を鋭くえぐったのです。このような悲しい事態の到来を覚悟はしていたものの、現実となった苦痛の中で、彼女は涙にむせび泣いたのでした。
石川夫妻が真剣に考え始めたことは、筋ジストロフィーという病気によって身体の自由を奪われてしまった正一君が、「それでも生まれてきて良かった」と言える人生観を確立できるためにはどうしたらよいかということでした。いつ自分に死が訪れるかもしれない明日の無い今日を生きるわが子に「生まれてきて良かった」という実感を求めるには、自分自身が日々を唯神の見えざる守りと保障によってだけ、支えられ生かされているという感謝の生活を送らねばならないと石川左門さんは考えました。そうでなくては息子にだけ、そのような信仰を求める資格はないと思ったのでした。
 そして、石川さんは収入の多い会社の役職を捨てて、明日の生活の保証の無い福祉活動に転身したのです。彼は筋ジストロフィー患者をかかえる家庭を調査し、患者をもつ家族が情報を交換しながら助け合う組織作りを開始しました。自分にも人にも生きる力と希望を与える信仰に生き抜き、自分と家族を神の御手に委ねきって生きる生活が続きました。正一君は神に自分の全てを賭けて生きる信仰を父親の中に見出しました。そして、一日一日を明るく生きるようになったのです。
17歳になった正一君は、あと二、三年したら死ぬのだと分かっていながら、生きてゆくということは素晴らしいことだと言い切る人に変わったのです。「ボクはいつも心の備えをしています。だから心の備え無しに突然の死に出会う人たちよりは恵まれていることになるんじゃないでしょうか」と正一君は書いています。更に彼は述べます。「ボクは時々どうしてこんなに落ち着いておられるのかなあと思う時がある。神の力は偉大だなあと思う。教会に行ってなかったら、しょせん人間さ。荒々しくなっていたよ。神との心のつながりを切り離したら、人間には何も残らないじゃないか。人が歩いているのを見ても、ボクは何とも思わない。死ぬ間際になって、あわてたんじゃ、人間の値打ちがないからね。天国で神様にお会いしたとき、ボクは出来る範囲のことを立派にやってきましたって、ボクははっきりとそう言うのだ。」(石川正一著『たとえぼくに明日は無くても』、立風書房、42−43頁。)
 正一君は「いつまで生きられるかはではなく、いかに生きるかが問題だ」という父親の言葉を深く心にとめ、神の前に立派に、死ぬ最後の日まで生きようと努力し、毎日聖書を読み、日曜日の礼拝を大切に守りました。教会の中での愛の交わりによって励まされ、ボランティアの兄弟姉妹の奉仕によって、充実した喜びの日々が加えられました。
 石川さん夫婦の試練は続きました。しかし、試練の中で二人の信仰は火によって精錬される金のように美しく輝く強固なものとなってゆきました。聖書には次のような言葉があります。

 今しばらくの間は、様々な試練で悩まねばならないかも知れないが、あなたがたは大いに喜んでいる。こうして、あなたがたの信仰は試されて、火で精錬されても朽ちる外はない金よりもはるかに尊いことが明らかにされ、イエス・キリストの現れるとき、賛美と栄光と誉れとに変わるであろう。(ペテロ第一の手紙1章6−7節)

 あなたがたの会った試練で世の常でないもなはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試練に会わせることがないばかりか、試練と同時に、それに耐えられるように、逃れる道も備えて下されるのである。」(Iコリント10章13節)

 「見よ、わたしは苦しみの炉をもって、あなたを試みた。」(イザヤ書48章10節)

追記:石川正一さんは1979年24歳でイエス様のもとに召されました。













 

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