不可思議の彼方から     



Message 27             斎藤剛毅

○ 「順境の日には楽しめ。逆境の日には考えよ。神は人に将来どういう事があ
るかを知らせないために、彼(順境)とこれ(逆境)とを等しく造られたのである」(伝道の書7章14節、口語訳)という言葉は一考に価します。

バラの色の人生から急転直下、苦悩の人生に転落した多くの人々がいます。私たち人間には誕生という予定日がありますが、死の予定日がありません。死がいつ訪れるか誰も予想できません。
突然の事故死、病死。突然の地震や津波、火山の爆発と火災、竜巻や台風、大雨による洪水や突然猛威を振う伝染病などによって愛する家族、友人、知人を失った人々が多勢います。経済不況が続いた結果、リストラや失職により、マイホームすら手放さねばならない逆境の苦悩を味わった人々も多くいます。

○歴史の中で多くの人々が順境転じて逆境の苦しみを体験してきました。旧約聖書にある「伝道の書」は「空の空、空の空、いっさいは空である」という言葉から始めています。でも、神の創られたこの世界に起きる理解に苦しむ不条理は、全て空しいものなのでしょうか。死後の生命や復活を信じない私の友人は、「斎藤先生、死んだら全ての終りですよ」と語り、死を大変怖れておられました。戦中極寒のシベリア捕虜生活の苦難を乗り越えられた方だけに、残された生涯は全てこれ順境という言葉の響きがありました。

○使徒パウロは「もしキリストがよみがえらなかったとすれば、あなたがたの信仰は空虚なものとなり、あなたがたは今も尚罪の中にいることになろう。もしわたしたちがこの世の生活でキリストにあって単なる望みを抱いているだけだとすれば、わたしたちは全ての人々の中で最もあわれむべき存在である」(コリント人への第一の手紙15章17,19節)と語っていますように、復活は人間の死に伴うすべての無意味性と消極面にピリオドを打って、プラスの面に変えてしまう勝利の原点なのですが、私たちが生きるということは多くの難問に出会うことであり、多くの悩みを味わうということでもあります。不可思議の彼方から何が聞こえてくるのでしょうか?

○44才の若さでガンのために亡くなった東大医学部の細川宏教授は「病苦は人の心を耕す『すき』である。踏み固められた心の土壌を、病苦は深く深く掘りおこし、ゆたかな水分と肥料を加えてみずみずしく肥沃な土壌に変える」という言葉を残しています。
 ユダヤ教神学者ロバート・ゴルティス先生は「苦しんだことのない人々がどんなに我慢のならないものかは、人生のあらゆる分野で教えられる。挫折と悲哀こそ人間がその兄弟たちと共感し合い、交るためのパスポートである」と述べています。
細川先生とゴルティス先生の言葉は、詩篇119:71「苦しみにあったことは、私には良い事です。これによって私はあなたの掟を学ぶことができました」という言葉に通じています。病気の苦しみ、人生の挫折と悲哀は、人の心を柔かく耕し、謙遜にし、苦しんでいる人の立場になって考える心を養うという積極的意味を持っています。

○英文学者C.S.ルイスは『痛みの問題』という本の中で、「神は楽しみの中で私たちに語りかけられますが、苦痛においては私たちに向かって激しく呼び掛けられます。苦痛は耳しいた世界を呼び覚まそうとされる神のメガホンです」と語っています。私たちは苦しみに遭って初めて神の語りかける声を聞いて反省させられるのです。

○ガンのために右足を切断し、再発と戦いながら、残された人生を生き抜かれた青年医師、井村和清さんは、「あたりまえ」という詩を書いています。

あたりまえ/こんなすばらしいことを、みんなはなぜ喜ばないのでしょう/
あたりまえであることを/お父さんがいる/お母さんがいる/
手が二本あって、足が二本ある/行きたい所へ自分で歩いてゆける/
手をのばせば何でもとれる/音がきこえて声がでる/こんなしあわせはあるでしょうか/
しかし、だれもそれを喜ばない/あたりまえだと笑ってすます/
食事がたべられる/夜になるとちゃんと眠れ、そして叉朝がくる/
空気を胸いっぱい吸える/笑える、泣ける、叫ぶこともできる/
走りまわれる/みんなあたりまえのこと/
こんなすばらしいことを、みんなは決して喜ばない/
そのありがたさを知っているのは、それは失くした人だけ/
なぜでしょう/あたりまえ
(井村和清『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ』詳伝社、1980年、186-187頁)

苦難こそ「あたりまえ」の世界を打ち破る神の警告と反省を促すメガホンなので
はないでしょうか。

○進行性筋萎縮症を患い24歳の若さで亡くなった石川正一さんは『たとえ僕に明日はなくとも』という感動的な書物を書き残しています。正一さんのお母さんは次のような詩を書きました。

私の子供に生れてくれてありがとう/私の子供に生れてくれてありがとう/
あなたが私の子供でなかったら/石を投げられた者の/
痛みの深さも知らなかったでしょう/
障害の重い人たちが/天使の心をもつことも知らなかったでしょう/
本当の愛も思いやりも/富める人の貧しい心も/貧しい人の豊かな心も/
あなたが私の子供でなかったら/知らずに過したことでした/
私の子供に生れてくれてありがとう

○長い間、ハンセン病療養所で伝道された河野進牧師も美しい詩を書きました。
  
病まなければ 捧げ得ない悔い改めの祈りがあり
  病まなければ 聞き得ない救いのみ言葉があり
  病まなければ 負い得ない恵みの十字架があり
  病まなければ 信じ得ない癒しの奇跡があり
  病まなければ 受け得ないいたわりの愛があり
  病まなければ 近づき得ない清い聖壇があり
  病まなければ 仰ぎ得ない輝く御顔がある
  あゝ 病まなければ 人間でさえあり得なかった

あなたは悩みの祈りの中で、不可思議の彼方から、何を聞きますか?
                  












 

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