パスカルの神との出会い     



Message 22             斎藤剛毅

イザヤ書42章1−4節には、次のような言葉が述べられています。

   わたしの支持するわがしもべ、わたしの喜ぶわが選びし人を見よ。
   わたしはわが霊を彼に与えた。彼はもろもろの国びとに道を示す。
   彼は叫ぶことなく、声を上げることなく、その声をちまたに聞こえさせず、
   また傷ついた葦を折ることなく、ほの暗い灯心を消すことなく、
   真実をもって道を示す。彼は衰えず、落胆せず、ついに道を地に確立する。
   海沿いの国々はその教えを待ち望む。(日本聖書協会口語訳)
 
ここに述べられている「彼」は、イエス・キリストであり、キリストがどういうお方であるかが預言されており、この預言は、数々の預言の成就と同じ様に、キリスト・イエスの生涯において、まさに成就したと解釈されてきました。

イエス様は、文字通り、「傷ついた葦を折ることなく、ほの暗い灯心を消すことなく、真実をもって道を示された方」であります。私がイザヤ書42章を読み始めて、「傷ついた葦を折ることなく」という言葉に至りますと、いつも思い起こす文章があります。それはパスカルの『パンセ』に表現されている有名な文章です。「人間は一本の葦にすぎない。自然の中でも一ばん弱い葦にすぎない。しかし、それは考える葦である。彼を押しつぶすためには、宇宙全体はなにも武装する必要はない。一吹きの蒸気、一滴の水でも、彼を殺すに充分である。しかし、宇宙が人間を押しつぶしても、人間はなお、殺すものより尊いのである。人間は、自分が死ぬこと、宇宙が自分よりまさっていることを知っているからである。宇宙はそんなことを何も知らない。だから、わたしたちの尊厳はすべて、思考のうちにある。」(『パンセ』391)@

この有名な文章を生み出したパスカルは、フランスの優れた信仰者であり、また思索者でありました。彼は3才の時に母を失い、死の暗いしるしを心に刻みつけられました。 幸いに、教育熱心な父親と愛情細やかな姉と清い信仰を持って後に修道院生活を送った 妹に支えられて、幼少の頃より優れた才能を示し始め、12才で「ユ−クリッド幾何学」をマスタ−し、16才で「円錐曲線論」を書き、18才で有名な「計算機」を発明する 才能を発揮したのでした。しかし、一八才の頃から体調を崩し、それ以後彼は色々な病に苦しむことになります。

パスカルは病弱の身で生きる体験の中から、「人間は自然の中で一ばん弱い一本の葦にすぎない」と語ったのだと思います。パスカルが24才の時、父親のエイティエンヌは 事故に遭い、大腿骨を砕いてしまいます。パスカル自身も数学や物理学の研究に没頭して体を壊してしまい、飲み物は温めて飲み、薬などは一滴ずつ口に入れないと喉を通らないほど衰弱してしまいました。

パスカルは死に直面した父を見、また自分にも死の影が近づいて来て、自分を飲み込もうとする病との闘いの中で、彼は初めて魂の救いのためには、数学の研究や科学の知識がいかに無力であるかを知ってゆくのです。研究に打ち込み過ぎることが、パスカルの病弱の原因と判断した医者たちは、パスカルに「世俗的気晴らし」を勧めました。

パスカルの姉ジベルトは、税務事務判事であったペリエ氏の妻となりますが、『パス カルの生涯』を書いて、パスカルに関する貴重な資料を後世に残しました。その中で彼女は、宮廷を含む社交界での気晴らしは、健康を回復するという理由で行われたものの、 パスカルにとっては大きな苦痛であり、生涯の中で一番悪く費やされた時期であったと 述べています。パスカルは気晴らしの中に身を置きながらも、生来の鋭い感覚により、 気晴らしの本質を見抜いてしまいますから、それは少しも気晴らしにはならなかったの です。パスカルは、『パンセ』の中で「気晴らし」という題で次のように書いています。「人間は、死も惨めさも無知も癒すことができなかったので、幸福になるために、こういうこと(即ち、死、惨めさ、無知)を考えずにいようと思いついたのだ。」(267)A

分かりやすく言えば、人は自分がやがて死んでしまう存在、惨めで何も知らない無知な存在であるとつきつめて考えてしまうと、もう何ものによっても慰められないほど惨めで哀れなものになるので、賭け事をしたり、婦人たちと交際したり、狩りをしたり、芝居を観たり、旅行に出かけたり、何かに熱中して、自分の惨めさを忘れさせてくれるものを求める。それが気晴らしだというのです。

パスカルは書きます。「王の地位が幸福だという何より最大の理由は、みんなが絶えず王の気をまぎらわせようとつとめ、あれこれと楽しみを与えようとしてくれるところにあるのだ。王を取り巻いている人達はただ王の気を晴らすことだけを考え、王に自分自身のことを考えさせまいとひたすら心がけている。なぜなら、いかに王であっても、自分自身のことを考えれば、たちまち不幸になるからである。」(269)B

パスカルは実に鋭い人だと思います。彼の言うことは現代的な響きがあります。科学 文明をリ−ドするようになった日本において、物質的豊かさの中で、心が空しく、惨めになっている人も多いと思います。酒を飲み、良心的理性を麻痺させて、目の欲、舌の欲、情欲が満たされることを求めて夜の町を歩き回る人、マ−ジャンや競輪、競馬に熱中する人、パチンコ店で玉の動きに見入っている人、みんなパスカルが生きていた1600年代のフランスの人々と全く変わらない人間であり、いつか死に飲まれてしまう空しく惨めな自分を深く考える不幸から逃れようとして束の間の気晴らしに熱中している姿と言えないでしょうか。

パスカルの気晴らしは六年間続き、三〇才になると、パスカルは父の死という厳しい 現実に直面させられ、また修道院に入っていた妹からこんこんとさとされます。この世の気張らしがいかに空しく、無益なものかを知り抜いていた彼は、社交界から身を引いて、田舎に引き籠ります。パスカルは書いています。「人間が偉大なのは、自分の惨めさを知っているという点において偉大なのである。木は自分の惨めさを知らない。」(218)そして、彼は惨めさからの真の克服を目指しながら、苦行にも似た質素な生活の中で、 真剣な思索の日々が始まります。「弱き葦」は「傷ついた葦」となり、今や真剣に「考える葦」として神の前に立ったのでした。

パスカルは、人間は考える能力をもっているということにおいて、万物に優って偉大であるが、神の前に考える力だけで立つことができるだろうか、と考えます。そして、人間の理性は、神が存在するかどうかも確実に知ることができない、と考えます。(343)しかし、真の神は隠れています神であり、無限大の宇宙はそれを示してくれない。ここ からパスカルの有名な言葉が生まれます。「この果てしない空間の永遠の沈黙が、私には恐ろしい。」(392)パスカルの瞑想は更に深められてゆきます。パスカルは信仰深い家族に囲まれていて、心の直観によって、神を知っておりました。彼にとって、理性の限界を越えて、真の神を理性によって知る道は何だったのでしょうか。それは聖書を読み、イエス・キリストに よる人間への啓示を深く学ぶことでした。そこから次のような言葉が生まれます。

「私たちはただイエス・キリストによってのみ神を知る。この仲保者がなければ、神との一切の交わりは断たれる。・・イエス・キリストを証明するためには、私たちは固い、手で触れるほどの証拠である預言を持っている。そして、それらの預言は成就され、起こった事がらによって真実であることが証明されたのであるから、それらの真理の確実さを示すものであり、従って、イエス・キリストの証拠となるものである。こうして、イエス・キリストのうちに、イエス・キリストによって、私たちは神を知る。」(380)

パスカルにとって、イエスによって示された神の実在を、心霊において体験する道は祈りでありました。パスカルの姉ジベルトは、『パスカルの生涯』の中で、隠遁者生活にも似た生活の中で、弟が多くの時間を祈りと聖書を読むことに費やしたことを述べています。「かれのそれ以外のすべての時間は、ただ祈りと聖書を読むことに費やされました。いわば、このことこそ彼の心の拠り所であり、彼の喜びの源であり、彼の隠遁生活の憩いの全てでありました。」C 彼は神との出会いによる、心の平安と喜びを求めました。パスカルの肉体は傷ついた葦のように弱っていました。しかし、彼は最後の力を絞るようにして、祈りにおいて神との出会いを求めたのでした。「求めよ、そうすれば与えられるであろう。」主イエスの御言葉がパスカルに成就したのは、1654年11月23日、彼が31才の時でありました。                            

 夜10時半頃から、12時半頃まで。 
「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」、哲学者や、学者の神ではない。
確かだ、確かだ、心のふれあい、よろこび、平和、イエス・キリストの神。・・・
この世も、何もかも忘れてしまう、神のほかには。・・・人間の魂の偉大さ。
正しい父よ、この世はあなたを知っていません。しかし、私はあなたを知りました。
よろこび、よろこび、よろこびの涙。わたしは神から離れていた――、・・・
どうか、永遠に神から離れることがありませんように――、・・・
イエス・キリスト。イエス・キリスト。・・・何もかも捨て去り、心は穏やか。・・・
イエス・キリスト、そしてわたしの指導者に心から服従する。」(737)D

このイエス・キリストへの献身と服従によって、パスカルは死を乗り越えて、復活に あずかる希望を持って、死への不安を克服していったのです。この神秘的体験の後、彼は妹ジャクリーヌのいるポール・ロワイヤル修道院の客員となり、聖書や教父の著作の研究に没頭します。その中から、不朽の名作、『パンセ』が生まれるのです。彼がこの地上での生命を燃やし尽くして、天に召されたのは、1662年、パスカルが39才の時でありました。

イエス・キリストは傷ついた葦を折ることなく、ほの暗い灯心を消すことなく、真実をもって道を示されるお方であります。あなたにとっても、限りなく優しい方であります。

註@パスカル『パンセ』(ルイ・ラフュマ版による,田辺保訳,新教出版社、1975年),  236頁。A『同掲書』,177頁。B『同掲書』,179頁。C「パスカルの生涯」 『同掲書』,26頁。D『同掲書』,373−4頁。













 

inserted by FC2 system