平和をつくり出す人たち     



Message 21             斎藤剛毅

 「平和をつくり出す人たちは幸いである。彼らは神の子と呼ばれるであろう。」(マタイによる福音書5章9節)

 プロテスタントの作家、三浦綾子さんは、北海道旭川の女学校を卒業して、すぐ教師検定試験に合格、満17歳で小学校の教師となりました。ある炭鉱町の小学校で7年間教え、太平洋戦争が終わり、その翌年(1946年)の3月に教壇を去りました。なぜ、彼女は教師を辞めたのでしょうか?自叙伝的小説、『石ころの歌』の中で、次のように書いています。「ある日、私たち教師は進駐軍からの指令により、生徒たちが使用している教科書を、墨で消さなければならぬということになった。」

 昨日まで教えてきた教科書内容を、子供たちの手で墨を使って塗り消させるということは、若き教師、堀田綾子さんには耐え難いことでありました。7年間、教え子の教育に真剣に取り組んできたのです。その教育内容が誤っていたとするならば、7年間努力したことは全く意味がないことになってしまうではないか。正しいと信じて教えてきたことを、子供の手で消させるということは、綾子さんにとって耐え難い屈辱だったのです。「敗戦によって、私は何が真実か、何を信じるべきか、分からなくなった」と綾子さんは書き、更に次のように綴っています。

「私は60余名の生徒一人一人に、毎晩心をこめて手紙を書き、別れの日に渡した。それは恋人に別れの手紙を書くような切ない思いをこめて書いた手紙だった。朝礼時に、私は全校生徒の前で別れの言葉を告げた。…悲しみよりも言い難い寂しさで一杯だった。ひどく淋しくかつ空しかった。7年間、若い情熱を注ぎ、真剣に力を尽くして教えてきたというのに、何の充実感も誇りもない。臆面もなく、間違ったことを真剣に教えてきたという恥ずかしさが、私を空しくさせていた。」

 その後、綾子さんは結核になり、長い療養生活の中で、キリスト教信仰に導かれてゆくのですが、綾子さんは明らかに戦争犠牲者の一人でありました。しかし、信仰を持ってからの綾子さんは、小説を通して、何が真実なのか、何を信じるべきかという人生における大きな疑問を、イエス・キリストにおいて解くことが出来たと語っています。そして魂における真実の平和は、イエス・キリストの贖罪による罪の赦しの確信と神との和解、そして祈りの交わりにあることを証し続けたのです。

 誤った歴史の事実ではなく、正しい事実を教えたいと心ある教師は皆考えます。ところが皆さんが良くご存知のように、戦後、社会科の教科書を執筆する人々に、文部省役人は歴史の事実を歪めて書くように圧力をかけ続けて来ました。社会科教科書は検定という難関を通らねばならず、審査官の言うとおりに書き直さないと文部省認定の教科書とはならないのです。ですから、真実を伝えたいと願う教師は、教科書のゆがんだ表現を正しながら教える苦しみを味わい続けて来ました。

 2010年8月10日に、「内閣総理大臣談話」が閣議決定の上で公表されました。菅総理による談話内容は、「本年は、日韓関係にとって大きな節目の年です。ちょうど百年前の八月、日韓併合条約が締結され、以後三十六年に及ぶ植民地支配が始まりました。三・一独立運動などの激しい抵抗にも示されたとおり、政治的・軍事的背景の下、当時の韓国の人々は、その意に反して行われた植民地支配によって、国と文化を奪われ、民族の誇りを深く傷付けられました。

 私は、歴史に対して誠実に向き合いたいと思います。歴史の事実を直視する勇気とそれを受け止める謙虚さを持ち、自らの過ちを省みることに率直でありたいと思います。痛みを与えた側は忘れやすく、与えられた側はそれを容易に忘れることは出来ないものです。この植民地支配がもたらした多大な損害と苦痛に対し、ここに改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明いたします。…」というものでした。

韓国大統領を初め、韓国国民の多くが、この「談話」を高く評価しましたが、一部の保守的民主党議員や自民党議員が談話に対する強い批判を表明したことは残念なことでした。何故なら、その批判記事を読んで、36年に亙る植民地支配時代に受けた朝鮮民族の屈辱と悲しみの深さを理解しない日本人たちが依然として多いと韓国人は感じたからです。「痛みを与えられた側はそれを容易に忘れることは出来ない」という事実は日本人も同じであることを深く心に刻むべきです。

 談話の中にある「三・一独立運動などの激しい抵抗」とは、1910年に植民地支配が始まって9年後の1919年3月1日に、ソウル市内に集まった民族代表33人が独立宣言を朗読し、同時刻に市内のパゴタ公園に集まっていた約2万人の市民と学生たちは、独立宣言を朗読した後に市内デモ行進に移り、国旗を手に、「朝鮮独立万歳」を叫んだことから続いた激しい抵抗運動なのです。このデモは地方にも波及し、朝鮮半島全土を揺るがす運動となり、デモは1500回を超え、200万人以上の国民が参加したのです。

 これに対して、日本政府は憲兵、警察官だけでなく、陸海軍まで動員して武力による鎮圧をはかった結果、多くの朝鮮人死傷者が出たのです。逮捕者の多くが拷問を受けました。この三・一独立運動を文部省教科書審査官は「デモと暴動」と表現させ、「日本の植民地支配から脱却して独立と自由を取り戻すために起きた抗日民族独立運動であった」という正しい歴史事実の表現を許さなかったのです。

 1938年、国家総動員法が公布された後、翌年から朝鮮人労働者が強制的に連行され、日本国内の重要産業で働かせることになるのですが、日本に連行された者の数は70万から100万人と言われています。その半数が北海道や九州の炭鉱で労働を強いられたのです。教科書の表記に文部科学省は「強制連行」という執筆者の書いた言葉の修正を求め、「連行」と書き改めさせました。
 
 菅総理は「談話」の中で、「当時の韓国の人々は、その意に反して行われた植民地支配によって、国と文化を奪われ、民族の誇りを深く傷付けられた」と語っています。民族の誇りであるハングルに代えて、日本語による学習が求められ、名前の付け方には朝鮮伝統の智慧の体系があることを無視して、日本的氏名に改める「創氏改名」が押し付けられたことにより、民族の誇りは深く傷付けられたのです。独立運動で捕えられた指導者たちや牧師の多くが刑務所で拷問を受けて死に至らしめられました。日本により言葉を奪われ、名前を奪われ、命を奪われたのです。

 文部科学省は日本軍の満州への侵略を「進出」と書き改めさせ、中国本土への侵略を「侵攻」という表現にさせ、南京大虐殺事件を「中国軍の激しい抵抗に怒った日本軍が残虐行為に走った」と修正させて、「虐殺」という言葉を許さなかったのです。その結果、戦後日本の中学・高校の歴史教科書は、朝鮮と中国への侵略と二国民に与えた屈辱の数々を正しく記述してきませんでした。そのことを韓国と中国の歴史研究者が知るところとなり、特に過去10年間、韓国政府も中国政府も、教科書への正しい記述表現を求めて、日本政府に強く抗議し続けた結果、文部科学省はしぶしぶ「侵略」という表現を許したのです。

 戦後、ドイツのワイゼッカー大統領は、ドイツ敗戦40周年に当たり、1985年5月8日に、日本でも有名になった「荒野の40年」と題する講演を行いました。その中で、「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる。」「非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、また新しい感染への抵抗力を持たないことになってしまう。」と語りました。ナチス・ドイツが600万人のユダヤ人を強制収容所で殺害した非人間的行為をドイツ国民はしっかりと心に刻み、ドイツ民族の過去の犯罪に目を閉ざしてはならず、過去の国家的犯罪は子孫に語り続けなければならない」と訴えたのです。そして、ドイツ政府はイスラエル国家に対して積極的に賠償を行い、又ドイツ国民が犯した罪の赦しを求めたのです。国家の犯罪を認め、謙虚に謝罪することは、国を貶めることではなく国の徳を高めるのです。

 日本の歴代総理はどのように対応したのでしょうか?人口99%がクリスチャンではない日本人の代表である総理大臣に、ワイゼッカー大統領のような考えを期待することは無理かもしれません。日本の保守的政治家たちが太平洋戦争を「大東亜戦争」と呼び、アジア諸国を欧米の帝国主義から開放するための聖なる戦いであったと、かつての罪深い戦争を美化しようとする発言が跡を絶たないことを思う時、日本国憲法第九条を改めようとする右翼政治的力が、粘り強くその時を窺っていることを感じます。「国民投票法」が既に国会を通っているので、国会議員の三分の二以上の多数により、憲法の改正が可能となる道が開かれるのですから、いざというとき、自民党と民主党の大連合ということがおきないとも限りません。

世界に存在するバプテスト教会に属する牧師・信徒達は信仰宣言の中で、国家のために絶えずとりなし祈り、自国の将来が神の御こころに叶う正しい方向に向かうように国家を見張り、執り成しすることを宣言してきました。

 私たちが聖書を読むと、イスラエルの民は何千年にも亙って、民または個人の罪の行為と失敗を決して隠すことなく記述しているのです。神の前に罪を犯した民を預言者が厳しく糾弾し、悔い改めを迫る言葉を抹消することなく残し、世界の民にも読まれることを望んでいるのです。人間は個人、部族、民族を含めていかに弱く、罪を犯しやすい存在であるかを知って、現在を生きる時も、未来においても、過ちを繰り返さないように皆で聖書を学び、過去の失敗の歴史を子孫に伝えるために、ユダヤ教徒の大人は子供達と一緒に聖書を学び続けるのです。それが国民の正しいあり方ではないでしょうか?

個人の魂の平和は心からの悔い改めと罪の赦しによる神との和解から生じます。国家の本当の平和も、天地の創造者なる神の前で、国民の罪を隠さずに告白し、悔い改め、赦しを請うことによって生じるのです。そして、隣の国々と正義と愛と寛容の精神を保ち、隣国を侵略・支配しないことによって平和が保たれるのです。個人でも、国家であっても、過去の罪を隠そうとする背後には、罪を心から悔い改めようとしない頑なさ、神の前における傲慢の心があるのです。特に日本国民は「恥の文化」をもつ国民ですから、過去の失敗や国家的犯罪を恥ずかしく思い、なるべく蓋をして隠してしまう傾向があります。

私たちクリスチャンは天地創造の神の前に、国と国民のために執り成し祈り続ける祭司としての責任が与えられています。自分自身を犠牲の供え物として神に捧げ、イエス・キリストの祭司となって、国と国民の罪を告白して罪の赦しを祈り続けるのです。真実の平和は、そのような祈りの人々を通して実現してゆくのです。キリストの迫りが強くなりますと、執り成しは世界の国々にまで広がってゆくのです。私たちは日本の将来が神の御心に添う方向に進むように国家の働きを見守り、とりなしを続けましょう。

イエス・キリストは言われました。「平和をつくり出す人たちは幸いである。彼らは神の子と呼ばれるであろう。」(マタイによる福音書5章9節)













 

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