誘惑を通して成長するクリスチャン
   
  



Message 42                            斎藤剛毅

 神様は何故私たちが誘惑されることをお許しになるのでしょうか?それは、私たちが誘惑されることを通して成長するためなのです。私たちが誘惑に会うとき、どの位誘惑に対して強くなっているか、信仰が試されるのです。信仰が試されることを試練と言います。英語で言えばtrialです。ですから、ヤコブは手紙の中で、「試練を耐え忍ぶ人は幸いである。それを忍び通したら、神を愛する者たちに約束された命の冠を受けるであろう」(1章12節)と語っています。試練の最終目的は神様からいただく命の冠なのです。命の冠を受ける信仰に達するまで、私たちは繰り返し、死に至るまで誘惑を体験し、信仰の試練を受けるのです。

 ヤコブは手紙の1章2、3節で次のように語ります。「わたしの兄弟たち、あなたがたがいろいろな試練に会った場合、それをむしろ非常に喜ばしいここと思いなさい。あなたがたが知っている通り、信仰が試されることによって、忍耐が生み出されるからです。」信仰が試されることによって忍耐という良き実が結ばれるとヤコブは述べるのです。

 ヤコブの語る忍耐は、信仰の初めの段階で結ぶ実なのですが、最終段階における実は、1章4節で語られます。「なんら欠点のない、完全な、出来上がった人になること」なのです。すなわち、イエス・キリストに似た者となるように成長してゆくことが、試練を受け続ける最終目標だというのです。終わりの段階にたどり着くまで長い時間がかかります。ヤコブはその長い過程で「忍耐力を充分に働かせなさい」(1章6節)と語ります。

 ギリシャ語原典から翻訳された英語の聖書を調べますと、文語訳聖書の元となったKing James Versionと日本国際ギデオン協会が用いているAmerican Standard Versionは、試練をtrialではなく、temptationすなわち、「誘惑」と訳しているのです。イギリスでもアメリカでも、「いろいろな試練に会った場合」というよりも、「いろいろな誘惑に会った場合」の方がより生活実感に即した訳だと考える人が多かった証拠です。

 ヤコブは1章13節で、だれでも誘惑に会う場合、「この誘惑は神から来たものだと言ってはならない」と語ります。「神は悪の誘惑に陥るような方ではなく、また自ら進んで人を誘惑することをなさらない。・・・兄弟たちよ、思い違いをしてはいけない」と語ります。善を行うことに誘惑という言葉は用いません。誘惑はいつも悪への誘惑なのです。良心が反対することへの誘惑なのです。

 誘惑はどこから来るのでしょうか?悪の根源であるサタン、悪魔から来ると聖書は語ります。旧約聖書の創世記にサタンを象徴的に意味する蛇がエバへの誘惑者として姿を現わします。イエス様ご自身も荒野で40日の断食後に、サタンの誘惑に会われました。十字架に付けられる前に、イエス様は最後の晩餐を弟子たちと共にされた後に、ゲッセマネの園で祈られました。そして弟子たちに「誘惑に陥らないように、目を覚まして祈っていなさい」と語られました。しかし、弟子たちは目を覚ましていることが出来ず、眠ってしまう誘惑に陥ったのです。その結果、イエス様を見捨てて逃げ去るという一生涯記憶から去らない自分たちの卑劣な裏切りと臆病で悩む道義的な罪を犯してしまうのです。

イエス様を三度も知らないと語り、身の安全を求めたペテロは書いています。「あなたがたの敵である悪魔が、吼えたける獅子のように、食い尽くすべきものを求めて歩き回っている。この悪魔に向かい、信仰に固く立って抵抗しなさい」(ペテロ第一の手紙5:8−9)と語っています。ペテロは何度も誘惑に負けることを通して自分の弱さをさらけ出し、悔い改める中で、信仰が強められ、サタンに勝利したイエス様から約束の聖霊を受けて、初めてサタンに雄々しく立ち向かい、誘惑に勝利する人に変えられたのです。ペテロは誘惑を通して信仰が強められ、イエス様から成長を促されていった人物なのです。

 エペソ人への手紙は6章10-11節で次のように語ります。「主にあって、その偉大な力によって強くなりなさい。悪魔の策略に対抗して立ちうるために、神の武具を身に着けなさい。」しかし、私たちへの悪魔の策略は実に巧妙です。サタンは私たちの心にある悪に傾く興味や願望を良く知っています。ですから、その願望に働きかけてきます。私たちは心に生じる恥ずかしい願望を知っています。恥ずかしいので心に隠して人に語ることはしません。サタンはそれを見抜いて巧みに罠へと誘います。策略に乗じて罠に陥った人は大勢います。ペテロの手紙にも、エペソの信徒に宛てた手紙にも、「誘惑に抵抗しなさい」とは書かれていないことに注意を払いたいと思います。「悪魔に立ち向かい、抵抗しなさい」と書かれているだけで、誘惑に抵抗しなさいとは書いていないのです。

 悲しいかな、人間は創世記のアダムとエバ物語に示されていますように、神の戒めに背いて堕落して以来、心の中から悪い思いが出てきてしまう存在になりました。
イエス様はおっしゃいました。「人の心の中から悪い思いが出てくる。不品行、盗み、殺人、姦淫、貪欲、邪悪、欺き、好色、ねたみ、誹り、高慢、愚痴。これらの悪が人を汚すのである」(マルコによる福音書7:21−23)。心から出てくる悪い思いにサタンは働きかけてくるのですが、自分がしてはいけないという思いに集中していると、逆に誘惑は強まってゆくと現代の心理学者は語ります。心に生じる悪い思いを外へ追いやろうとしても、思いを心に押し込むだけで、願望が強く現れる時は外へ追いやることはとても困難なのです。

 深酒はやめよう、煙草を吸うのをやめよう、パチンコはいい加減にやめよう、これ以上体重を増やさないために食べるのを控えよう、衝動買いはやめよう、情欲を抱くのをやめようと思っても、心に呼び覚まされた思いと闘うと、ますます欲望を満たしたいという思いが強くなってゆくことを多くの人は自分の体験から良く知っています。

 使徒パウロは心の中から出てくる悪い思いに引きずられた苦い体験を語っています。「私は自分のしていることが分からない。なぜなら、私は自分の欲することは行わず、かえって自分の憎むことをしているからである。・・・・私の欲している善はしないで、欲していない悪は、これを行っている。もし欲しないことをしているとすれば、それをしているはもはや私ではなく、私の肉に宿っている罪である(ローマ人への手紙7章15,18,29節)。そして、「私は何とみじめな人間なのだろう。誰がこの死の体からわたしを救ってくれるのだろうか!」と呻いているのです。

 誘惑されること自体は罪ではありません。誘惑の力に屈した時に罪となるのです。屈してしまうから人は悩むのです。それゆえに油断は禁物なのです。最近、アメリカで有名な伝道者、リック・ウォレン牧師は、その著作『人生を導く五つの目的』の中で、自分の誘惑されやすいものは何かを知って、誘惑に備えることが必要であると具体的に説いていますので、文章を引用してみましょう。

「一週間の中で、一日24時間の中で、最も誘惑されやすいのは何時でしょうか。
最も誘惑を受けやすい場所はどこでしょうか?職場か、家庭か、隣人の家か、居酒屋か、空港か、ホテルか。
誰と一緒にいるときに、最も誘惑を受けるのでしょうか。友達と一緒にいる時か、職場の同僚といる時か、一人でいる時か。
誘惑を感じる時は、どのような気分の時でしょうか。疲れている時か、孤独な時か、退屈している時か、落ち込んでいる時か、ストレスが溜まっている時か、怒っている時か、心配している時か、成功した時か、霊的に高められた後か。」@

空き巣に対して、私たちが注意して備えるように、私たちは心に忍び込み、誘惑し、悪へと誘うサタンに備えることが必要です。エペソ人への手紙4章27節は「サタンに機会を与えてはいけない」と語ります。付け入る隙を与えないことが大切と警告しているのです。サタンの存在を無視してその罠に落ち込み、サタンの餌食となった人の例を語りましょう。

私が40年以上前に、アメリカの神学大学院に留学し、学んだのですが、宗教心理学で著名なオーツ博士の弟子である助教授の講義を受けました。講義の中で、「あなたがた牧師になる人たちは現代アメリカの文化の堕落した面を知るために、ポルノ雑誌やポルノ映画をしっかり観ておきなさい」と語ったのです。しかし、ポルノ系雑誌や映画に囚われると品性が堕落し、聖霊を悲しませることになるから充分に注意しなさいとは警告しなかったのです。アメリカ文化の暗黒面は人間の生み出す現象と考え、その背後に強烈に働くサタンの巧妙で人を欺く力を軽く見ていたのです。神様から与えられた体を用いて神の栄光を現わすことが人間本来の創造目的なのです。しかし、自分の体を複数の男性との性的交わりで汚し、みだらで刺激的映像の作製に協力し、見る人々を不品行や姦淫へと誘う行為は、サタンの奴隷となっている姿であるとは語らなかったのです。私はその女性に危険を感じました。数年後、その助教授はある男性と不倫の関係になり、姦淫の罪を犯し、彼女は学校から解雇を告げられました。サタンの餌食となり、神の栄光を現わすことに失敗した悲しい出来事の事例ですが、神学生への良き警告となりました。

 サタンの存在を信じないアメリカのある教会の副牧師は、夜に未成年女子の悩みを聞いているうちに彼女とのカーセックスに及び、警官に逮捕され、新聞に報じられ、教会を辞職し、妻と子供たちを深い悲しみに突き落としたのです。サタンは身を隠して人を欺きます。

 誘惑は肉の働きへの誘いです。パウロは「肉の働き」とは何かを定義しています。「不品行、汚れ、好色、偶像礼拝、貪欲、まじない、敵意、争い、そねみ、怒り、党派心、分裂、分派、ねたみ、泥酔、宴楽、そのたぐい」(ガラテヤ人への手紙5:19−21)。誘惑にはいろいろな種類がありますが、最も誘惑されやすいものは、不品行、汚れ、好色(姦淫)への誘惑だと印象づけるために、それらを肉の働きの最初に置いています。

誘惑されたらどうしたらよいのでしょうか?誘惑から逃れ、乗り越える一つの方法は、自分の思いと闘うのではなく、自分の思いを他の興味あることへと移してしまうことです。思いの切り替えは、いつも成功するとは限りません。それでは、最善の方法は何でしょうか?使徒パウロは、旧約聖書のヨエル書2章32節の言葉を引用しています。「主の御名を呼び求める者はすべて救われる」(ローマ人への手紙10:13)。

 誘惑されたと感じたら、「主イエス様、誘惑に陥らないように、サタンの策略から守り、救って下さい」と祈ることが最善なのです。私たちは「主の祈り」を礼拝で捧げます。その中にある一節、「私たちを誘惑に陥らせず、悪からお救いください」を祈ります。これはイエス様が弟子たちに教えられた祈りですから最善の方法なのです。悪への誘惑は私たちが生きてゆく限り続くものですから、誘惑に陥らないように、いつも熱心に祈り続けよと教えられているのです。

 ヘブル人への手紙7章25節には、「イエス・キリストはいつも私たちのために、執り成し祈っておられるので、キリストによって神に来る人をいつも救うことが出来るのである」とあります。「いつも」とは例外なくいつもということです。真剣に求めればいつもなのです。ヘブル人への手紙4章15‐16節には、「大祭司であるキリストは、私たちの弱さを思いやることが出来ないようなかたではない。罪は犯されなかったが、全てことにおいて私たちと同じ試練に会われたのである。だから、私たちはあわれみを受け、また恵みにあずかって、時期を得た助けを受けることが出来るのである」と強調します。クリスチャンはこの「時期を得た助け」を体験しているのです。

 イエス様は死より甦り、聖霊として、私たちに臨み、私たちの霊魂に宿り、私たちの祈りに応えて、必ず助けて下さいます。主イエス様はサタンへの勝利者なのです。クリスチャンはイエス様が今も生きて、聖霊として信じる者に働き、守り、救い続けてくださる救い主、慰め主、助け主、勝利の主であることを体験している者です。

 私は新年になって、もっとイエス様を近くに感じたいと願い、祈り続けてきました。最近、内村鑑三先生の『信仰著作集』を読み始めました。内村先生は日本に優れたクリスチャン学者を多く生み出し、愛する娘ルツさんを失い、天皇の御真影への拝礼を拒んだゆえに不敬罪の罪を着せられ、第一高等学校を解雇されるという苦難に遭い、独立伝道者となり、優れた著作を世に送り出した人です。内村先生は、「聖霊は復活して今も生きて働かれる神の御子・イエス・キリストである」Aと、力強く語られるのを読みました。そうなのです。私たちの祈りに応えて、聖霊の実である愛、喜び、平安、寛容、善意などを与えてくださった方はイエス様ご自身なのです。イエス様を祈りにより近く感じることが大切です。

 「誰でも聖霊によらなければ、イエスを主と信じることは出来ない」とパウロは、コリント第一の手紙12章3節で述べていますので、信仰告白し、バプテスマを受けた人はみな、聖霊の働きを、すなわちイエス様ご自身の働きを受けているのです。
 私たちは信仰の盾を手に取り、サタンの放つ火の矢を消すことが出来る者です。救いの兜をかぶり、御霊の剣、すなわち神の言葉をもって、サタンに立ち向かう者です。絶えず祈り、どんな時にも御霊、聖霊の導きを求めて祈り、目を覚まして全てのクリスチャンがサタンの誘惑に勝利できるように、執り成し祈る者です。(エペソ人への手紙6章16−18節)

私たちは父なる神様から信仰において成長し、命の冠を受けるように、死に至るまで、忍耐の力を養い、誘惑を忍び通すことが期待されています。私たちの敵であるサタンは、天地創造の父なる神に敵対し、神様が造られた人間を堕落させ、地獄に導くことに快感を覚える存在です。サタンはクリスチャンの敵なのです。しかし、イエス様は十字架の死で人間の罪を贖い、誘惑に勝利する道を開いて下さいましたから、イエス様と共に闘い、聖霊を受け続ける限り、私たちは決定的な敗北に陥ることはないのです。
「誘惑に陥ることなく、サタンの罠からお救いください」と、日々祈り続けましょう。

註@リック・ウォレン著『人生を導く5つの目的』尾山清二訳、PDJ出版、271-272頁。
註A『内村鑑三信仰著作集』9、教文館、1961年、119-172頁。

註 メッセージの中で引用されている聖書の言葉は、みな口語訳聖書からのものです。













 

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