願望としての祈り
   
  



Message 38                            斎藤剛毅

 アメリカのユニオン神学大学の実践神学を教えられたH.S.フォスディック先生はラジオ説教者として有名の方ですが、『祈りの意義』という優れた書物をお書きになり、神様のお導きにより私が翻訳し、出版する光栄にあずかりました。その書物の中で、「心を支配している願望としての祈り」という章を書いておられます。そして、人は全て願望としての祈りを持っていること、その祈りは内容によって質を計ることができまること、そして、願望としての祈りは、熱心さをもつとその目的を達成するために、外部からの力を呼び入れるという性質があることを語っておられます。註@ この三点の実例を聖書から、また人間社会から学びたいと思います。

イエス様の山上の垂訓の中には、「主の祈り」を初めとして、数々の祈りについての教えがあります。その中の一つ、マタイによる福音書7章7〜12節の中で示されている教えは、与えられるまで求めよ、見い出すまで捜せ、開けてもらえるまで門を叩けという内容です。即ち、願いが実現するまで天の父に求めれば、父は求める者に悪いものではなくて、良いものを与えて下さるという教えなのです。それは父なる神様の御心にかなう願いを心に抱いて熱心に祈り求めれば、必ず与えられる時が来るという教えなのです。(アンダーラインンを引いたところが大切です)

アメリカの北カロライナ州のローリーで日本人伝道をしておられた平尾輝明・万里夫妻が私たち夫婦を訪ねて来られた時、太宰府天満宮と光明禅寺に案内したのですが、天満宮は入学試験時期と重なって参詣者が多く、本殿には祈願成就を願う多くの人々の姿が見られ、神官の祈りがマイクを通して流されていました。受験合格を筆頭に、家内安全、商売繁盛、安産、病気の癒し、交通安全、厄除けなどの祈願一覧が表示されておりました。人は全て願望としての祈りをもっていることを示しておりました。

人の願望には質的な差があります。裸で藁の小屋に住み、粗食に甘んじて、ジャングル以外の世界に何の興味も示さないアフリカの原始部族がいます。又、宇宙の果てにまで探求しようと宇宙探査機を打ち上げる現代の先進国科学者集団がいます。両者の間では、その願望において大きな質的差があります。数々の偶像神を祀り、ひたすら自分の願望成就を願う人々と、神の聖霊の導きと働きを受けて「栄光から栄光へと、主キリストと同じ姿に変えられてゆく」(Uコリント3章17節)ことを願うクリスチャンとの間には、質的差が歴然としてあります。ある人は都市に低俗な快楽を求め、ある人は最高の美術と音楽を求めます。日曜日にある人はパチンコ店、競馬場にギャンブル性の高い興奮を求め、ある人は社会奉仕や宗教的礼拝での心の充実と平安を求めます。人の願望は行動となって現われ自分の質の程度を明らかにしてゆきます。それはお祈りにおいても同じです。

今までの話の道筋は、第一に人は全て願望としての祈りを持っていること、第二にその祈りはその内容によって質の程度や差を表わしていくということです。次に今回の説教の中心テーマとなる第三のこと、即ち、願望としての祈りが、熱心な願いとなると、その目的を達成するために、外部からの力をも呼び入れるという内容に入ってゆきたいと思います。

大気中に低気圧が生じますと、風はそこを満たそうとして吹き込みます。それと同じように、人の願望は低気圧を生み出して、その願望を達成させるために、外側からその達成を助ける力が風となって吹き始めるのです。1906年9月に日本に宣教師として派遣されたC.K.ドージャー先生は3年間の日本語学習の後、福岡の夜間学校の校長となり、向学心に燃える学生を教育しつゝ、毎晩礼拝の時をもって学生の魂にキリストの福音を語り続けました。バプテスマを受ける学生も増えていった時、教育を通しての伝道ヴィジョンが膨らみ、昼間のキリスト教主義学校成立への祈りとなり、1915年に外国伝道局からの承認を受け、1916年4月開校をめざす学校創立委員会が生れました。C.K.ドージャー先生の強い願望が低気圧となり、風が吹き始めたのです。ロー先生、クラーク先生、ウィリングハム先生、斎藤惣一先生、尾崎源六先生たちは毎週のように会合を重ねて、1916年(大正5年)4月11日に105人の高校生と8人の教師によって、私立西南学院がスタートして、熱い祈願は達成されたのです。戦争という試練を乗り越えてその後も大きな風が吹き現在の西南学院となりました。

強い願望が熱心な祈りとなり、長い間続けられると実現されるという例は、良いことばかりではないことを聖書は警告として語っています。神に創造されて、アダムと共に楽園に生きていたエバは、善悪を知る木の実だけは取って食べてはならないと禁じられていたにもかゝわらず、木の実を見続けているとだんだんと取って食べたいという願望が強くなってゆき、心に葛藤が生じた時に、狡猾な蛇という象徴的な形で登場する堕落した天使を呼び込み対話を始めます。これはいわば祈りと同じです。「食べても決して死ぬことはない」という権威ある言葉に誘惑されて、エバは取って食べ、アダムにも与えて食べさせ、彼を共犯者として巻き込んでしまいます。

見るということから生じる強い執着から、悪いと知っていても罪の行為に走った例はイスラエルの王ダビデに見られます。ある日の夕暮、王宮の屋上から非常に美しい女性が体を洗っているところを見て、心奪われ、部下にその女を調べさせて、王宮に呼び寄せ、人妻と知りながら、越えてはならない一線を越える罪(trespass)を犯して、女を妊娠させてしまいます。罪の発覚を恐れて、女の夫ウリヤを激戦地に送り、戦死させてしまうという、後に預言者ナタンにきつく叱責される恐ろしい罪を犯してしまうのです(サムエル記下11〜12章)。ダビデは後に悔い改めますが、バテシバの産んだ子は病気で死ぬという形で神の罰を受けます。アダムとエバは楽園追放という裁きを受けました。

新約聖書では放蕩息子のたとえ話の中にこの例を見ることができます。弟息子が「父よ、あなたの財産のうちで、私がいただくことになっている分を下さい」(ルカ15章12節)と語った言葉は、彼の強い野心が心に隠されている祈りであったと言えます。父は息子の願いを聞き、身代を分けてやります。強い願望としての祈りが聞かれたのです。弟は遠い所へ行き、そこで放蕩に身を持ちくずしますと、低気圧的存在となって悪い遊び仲間をその回りに呼び込み、やがて全財産を使い果してしまいます。詩人ブラウニングの夫人は「神のそばで願うことは全て祈りとなる」という言葉を残していますが、弟息子の願いは結果的には悪へと彼を導く祈りでありました。しかし、祈りであることには違いはないのです。父は息子の噂を悲しく聞いていたに違いありません。

豚飼いにまで落ちぶれ果てた放蕩息子は、人生の悲哀のどん底で本心に立ち返り、天の父なる神と肉親の父に対して罪を犯したことを自覚して、悔い改めます。そして、神と父親に罪を赦して欲しいという強い願望に目覚め、悔い改めの祈りを捧げながら、故郷へ帰ってゆきますと、遠く離れていたのに、父は息子を認めて、哀れに思って走り寄り、抱きしめて、息子の帰りを喜び、息子の罪の告白を聞いて喜んで赦し、「息子は死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかった」と言って祝いの宴会を開くのです。

ここで教えられますことは、たとえ悪への強い欲望に負けてしまい、罪の大海の中で溺れそうになっても、自分が犯した罪を心から悔い改めるならば、罪の赦しを熱く祈り求める願望は父なる神の心を動かし、恵みの風が吹き始め、赦しという良い贈りものが与えられるということです。更に天の父はイエス・キリストの十字架上の死による贖罪信仰へと導いて下さり、そして聖霊という天からの助け主を送って下さり、私たちが何度も何度も失敗して弱さをさらけ出しても、罪の誘惑に負けても、傲慢の罪を犯しても、本心から悔い改め、罪の赦しを求め続ける限り、その都度、罪の赦しの確信と平安が与えられるという救いの恵みに与ることが出来るということです。

使徒行伝2章には、ペンテコステの日に、心から悔い改めたイエス様の弟子たちやクリスチャン達が一緒に集って、心を合わせて祈っていたことが描かれています。その時「突然激しい風が吹いてきたような音が天から起ってきて、家いっぱいに響き渡った」(2:2)とあります。そして「一同は聖霊に満たされた」(2:4)と語られます。そして、その場所は世界宣教という大きな台風の目となり、宣教活動が展開していくのです。神様の御こころに叶う祈りを熱心に続ける時、その祈願は成就という結果を生むのです。

使徒パウロは次のように語りました。「あなたがたのうちに働きかけて、その願いを起こさせ、かつ実現に至らせるのは神であって、それは神の良しとされるところだからである。」(ピリピ人への手紙2章13節)。一人一人の願いに基づき、神は必要なだけ最善のものを与えて下さいます。熱心に祈り求めましょう。「求めよ、さらば与えられん。捜せ、さらば見い出さん。門を叩け、さらば開かれん」というイエス様の言葉が成就します。主にあって祈り、御心にかなって願い求めることは、必ず聞かれると信じて、祈りましょう。主は生きておられます! アーメン。

 註@ H.S.フォスディック著『祈りの意義』(斎藤剛毅訳、ヨルダン社、1990年)、233−252頁

 













 

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