へりくだりへの道
熊野清樹先生と宣教師のギャロット先生のエピソード

   
  



Message 34                            斎藤剛毅

使徒パウロがローマの教会に宛てた手紙の14章を注意深く読んでみますと、何を食べたら良い、何を食べてはいけないという意見の衝突があり、信者同士が互いに批判し裁き合っていたことが分かります。そのような背景を踏まえて、パウロは厳しい語調で書きました。「あなたはなぜ兄弟を裁くのか。あなたはなぜ兄弟を軽んじるのか。わたしたちは皆、神の裁きの座の前に立つのである。・・それゆえに、今後わたしたちは互いに裁き合うことをやめよう。」(14章9−13節)人を批判し、裁くこと。自分のことは棚に上げて、人の欠点を指摘すること。これらのことはこの地上に教会が誕生して以来、少しも変わることなく続いている人間の悲しい行為の一つです。

私が東京の教育大学(現在の筑波大学の前身)付属中学校に通っていました時、クラスに投書箱がありました。私がどんな投書をしたかは忘れて覚えていないのですが、正義感にあふれていた私は、人を裁くような投書をしていたと思われるのです。担任の鈴木一雄先生(後に教育大学で日本の古典文学を教えられた先生ですが)、「斎藤君、君が六十才になったら、君がどんな投書を書いたか見せてやるよ。」とおっしゃるのです。還暦を迎える時が来たら、神の裁きの座の前に立つような恐ろしい心境であろうと思ったのですが、私が六十才になる前に鈴木先生は天に召されてしまいました。ほっとしたものの、私の行為は投書用紙に書かれて残っているのですから、悪いことはできませんね。

私が大学時代に出席していた教会の牧師は、松村秀一先生といいまして、連盟の理事長などを務められた偉い先生なのですが、当時の私は傲慢な青年でありまして、教会の友人たちと牧師の説教批判を得々としてやっていたのです。後に、駆け出し新米牧師として、明石の教会で説教しておりました時、明石高専のクリスチャン学生から「斎藤牧師の説教は、心に響かない」と直接批判されて、誠に痛い思いをしたことがありました。「人を裁くな。自分が裁かれないためである。あなたが裁くその裁きで、自分も裁かれる。」(マタイによる福音書7章1−2節)というイエス様の教えは真実で、痛い体験をしないと悟らないものなのですね。(松村牧師がお亡くなりになる数ヶ月前に、パーキンソン氏病が悪化し、もう対話もできない先生を病院にお訪ねし、先生への傲慢な数々をおわびし、先生の上に神の憐れみをお祈りしたのですが、先生は涙を流して喜んで下さいました。愛の深い先生でしたから、きっと許して下さったと信じています。)傲慢につける薬はないと言われますが、私には数々の恥ずかしい傲慢ゆえの失敗があります。神様にお赦しを乞うて、赦しを信じているのですが、記憶からはそう簡単には消えません。私が本当の意味で謙遜になった時、その重荷が軽くなるのでありましょう。

元日本バプテスト連盟の理事長を永く勤められた目白ヶ丘教会牧師、熊野清樹先生が、関東学院の高校生であった時のことであります。自分の属する学校を理想のミッション・スクールにしたいと思うあまり、在学していた牧師の息子で、問題ばかり起こす学生に、
何度も忠告しても直らないので、ある時、祈祷会で「神様、誰々君をどうぞ真面目な人間にして下さい。」と名前を上げて祈ったそうです。その時の舎監は後の関東学院の院長になられた坂田祐先生で、「熊野(ゆや)君、お祈りするのもいいが、ああやって名をあげて、お祈りするのはちょっとひどくはないかね」とたしなめられたそうです。それでも、熊野少年は心から悔い改めなかったのです。

 しかし、神様が誡められる時が来ました。親戚の者が亡くなり、葬儀に出席し、火葬場へも行って骨を拾い、その結果「死」という問題をいやおうなしに考えざるをえなくなったのです。その時、少年の心の中に次のような声が聞こえて来ました。「いつかお前にも死がやって来る。それに対する用意は出来ているか。若いからといっても油断は出来ないぞ。死に対する心の準備はできているか。死に対する準備は、富があるとか、学問があるとか、立派なことを行ったとか、そういうことじゃないのだ。「汝の罪は赦されたり!」という、本当に神様から赦された罪人としての自覚があるかどうかという問題なのだ。」熊野少年は雨上がりの戸山ヶ原を考えながら歩いていました。そして「自分は信仰を持っている、自分は救われていると思っていたけれども、今死が近づいて来たら、いつ死んでもよいという心の備えが出来ていない。“自分の罪が全く赦されている確信があるか”と問うと自信もない。」そのように考えると、熊野少年は、雨水が溜っているところに土下座するようにして座り、「神様、悪うございました。神様、悪うございました!」と泣いてお詫びしたのです。 その時、自分がいかに傲慢で、思い上がった人間であったかを本当に感じたのです。そして、「今まで人を裁いたり、人に忠告がましいことをしたりして、本当に申し訳ないことをしました」と神様に懺悔告白したのです。「その時、罪の赦しが与えられ、気持ちが非常にすがすがしくなった」と書いておられます。註@ 
    
預言者イザヤは語りました。「いと高く、いと上なる者、とこしえに住む者、その名を聖と唱えられる者がこう言われる。『わたしは高く、聖なるところに住み、また心砕けてへりくだる者と共に住み、へりくだる者の霊を生かし、砕けたる者の心をいやす。』」(イザヤ書57章15節)。神様は自分の罪を認め告白し、罪の赦しを心砕いて求める者に、赦しをお与えになり、へりくだる者の心に宿り、祝福と平安、大きな喜びを与えて下います。しかし、人を批判し、裁く心の病は、いわば慢性病のようなもので、なかなか直らないものです。悔い改めて、癒されても、すぐに傲慢病は再発するのです。ですから粘り強く神の前に謙遜な心が与えられるように祈ることが大切だと思うのです。
       
熊野先生が牧師になられた時、自分なりに理想の教会のイメージを持っておられたそうです。理想の教会とは、自動車のようなもので、牧師は運転手、牧師の妻は助手。乗ったり、下りたり、お客さんの世話をするのが助手の仕事。教会の役員はタイヤ。ところが、助手は一向に気がつかず、いちいち指し図をしなければ動かない。役員さんたちは空気の抜けたタイヤのようで、車は思うように走らない。多くの人を乗せて、天国へ向かって走ってゆかねばならないのに、教会自動車はガタピシとして、乗客も乗り心地が悪い。不平不満で心はいっぱいになってしまったと言われるのです。

先生の奥様の理想の教会とは、馬車みたいな教会で、牧師が馬で、御者は牧師の妻。高いところに腰掛けて、後ろから鞭でピシャリ、ピシャリと手加減しつつ叩く。「もっと訪問しろ!もっと良い説教をしろ!もっと説教の内容を分かり易くしろ!話に例話を多くしろ!観念的説教はつまらん!」ピシャリ、ピシャリと、そのつど尻を叩く。牧師の理想とする教会イメージは自動車、妻の理想とする教会イメージは馬車。教会観は一致せず、心楽しむどころではなかったと言われるのです。
 
そんな時、うわさを耳にしたのでしょうか、宣教師のギャロット先生が熊野先生をお訪ねになりました。ギャロット先生は西南学院大学神学部教授として、長い間伝道者養成のために貢献なさり、晩年は学院の院長として学院の発展のために尽くされた方です。その学識と強い信仰、そして深い霊性とは多くの人々から認められていました。「おひまですか。」「別にひまでもないが、用があるのでしたら、どうぞお上がり下さい。」応接室に座ると、次のような対話が始まりました。

「ギャロット先生、近頃嬉しそうですね。」「ええ、嬉しいです。」「ギャロット先生は一時アメリカに帰るとかおっしゃっていたのではありませんか。」「ええ、一時はそう思っていました。私が日本に来る時は、皆からおだてられて、お前は理想的な宣教師になれると言われました。自分もそのつもりでした。そのうち自分がいかに傲慢であるかを知らされ、自分はもう宣教師の資格がないと思い、アメリカに帰ろうと思ったのです。心で悩み、神様にお詫びをした時、神様は『今、お前に資格ができた。自分に資格があると思っていた時は、資格がなかった。自分に資格がないと気づいた今、お前に資格ができた。これからお前は日本にとどまり、悲しむ者と共に悲しみ、泣く者と共に泣き、弱き人の友となって生きなさい。アメリカに帰る必要はない。』・・私のような傲慢で思い上がった人間をも見捨てないで、なおも神の僕として用いようとしていて下さる。神の恵みに対して私は心から感謝して喜んでいるんです。先生もこれからですよ。一緒にやりましょう。」 
ギャロット先生から励まされると、妙にあまのじゃくになり、熊野先生は「いや私は牧師をやめるよ!」と言ってしまいました。びっくりしながらも暫く考えたギャロット先生は、「やめるなら、その前に信者さんに借金を返さねばなりませんよ。」「私は貧乏していても、借金はしていません。」「いや、その借りではありません。自分に注文する資格がないのに、教会の役員や信者さん、家族の者に色々な注文をしてきたでしょう。『ああしろ。こうあるべきだ』と。そのお詫びをすることが借りを返すということなのですよ。」「それでしたら、数限りなくありますよ。」「手近からおやりになったらどうですか。まず家族から。」

ギャロット先生は偉い先生ですが、熊野先生も偉い先生です。奥様や子供たちに詫び、教会の礼拝の講壇から、毎日曜日、三回にわたって役員や信者さんたちにお詫びをしたのです。すると、牧師に不満を持っていた人々も皆悔い改めて、熊野先生にお詫びし、その結果、先生の心から不平不満は消えて平安と喜びが宿り、教会も祝福されて、先生は牧師を続ける勇気と力が与えられたのです。                       
今は亡きギャロット先生のエピソードで、私が一生忘れられないものがあります。それは、1969年、70年と日本中の教会に試練の嵐が吹き荒れた頃の話です。ある集会でと申し上げておきますが、一人の若き牧師がギャロット先生を指さしつつ、厳しく批判したのです。その時、先生はきっと牧師を見つめながら、「あなたの人差し指は私を指していますね。しかし、親指は天の神を指し、後の三本は自分自身を指しています。」と言われたのです。この言葉で、人を裁くことは神を裁くことであり、その裁きは三倍の力となって自分にはね返って来るということを諭されたのです。その言葉を受けた当の牧師がしみじみと、「その言葉は深く心にしみた。」と後日わたしに語ってくれました。

お話を終えるに当たり、求道者の方々に申し上げたいのです。自分はクリスチャンになる資格などはないと考えておられる方はいらっしゃいませんか。そういう方こそクリスチャンになれるのです。その謙遜な心を主は祝福して下さいます。「クリスチャンになったら、ああも、こうもしなければならない。」とお考えになって、決断出来ない方もあるかもしれません。それは自分の理想像という色メガネで自分を見て、自分を縛ることなのです。その色眼鏡をかけている間は、いつまでたってもクリスチャンになることは出来ません。やがて、クリスチャンにつまずいてしまいます。私たちはクリスチャン信者ではなく、キリスト信者になることが大切なのです。神様はあるがままの私たち一人一人を受け入れて下さいます。自分の良いところを見せる必要はないのです。十字架にかかり、血を流しつつ私たちの罪の赦しを祈り求めて下さったイエス様のとりなしの愛を信じて、神様の罪の赦しを受け入れれば良いのです。あなたの信仰による応答を、神様は忍耐強く待っておられます。
                      
註@ 熊野清樹『一切を捨てて』(熊野清樹牧師説教集、ヨルダン社、1983年)、  241−266頁に記載されているエピソードです。これに続くエピソードも皆この書 に基づくものです。「今月のあなたへのメッセージ」32「祈りの深みへと導かれた私」
 (その1)の中で、「ギャロット先生については後でもう少しお話します」と約束したエピソードで、熊野清樹先生と関係のあるものをここに紹介しました。














 

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